□コラム&ニュース

◯なんだかなぁ!

平和で素晴らしい時代。
戦争もなく殺し合いもない社会。
とても素敵な国民。
でもなんだかなぁ。

歴史を学ぶ。
歴史を考えながら今を感じる。
間違いなく歴史は時代の映し鏡。
でもなんだかなぁ。

尊い命。
誰もが尊い命。
どの時代もどの社会も同じ尊い命。
でもなんだかなぁ。





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◯自分が還るところ


いつの日か、自分が還るところを見つけ、そっと静かに眠りにつくだろう。

自分の還るところはいったいどこなんだろう。

自分が還るべき素敵なところ、自分が自分でいられるところ。

探さないと見つからないのだろうか?

探す旅に出よう!




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◯ 「自発的隷属」


「自発的隷属」と言う言葉があるそうだ。

例えば、高級官僚が「私なら役に立ちますよ」と権力者に取り入って甘い汁を吸おうと集まる。

そして権力行使の代行者になり自ら権力を振る舞うようになる。
そのような追従者は圧制者の言動に注意を払い望みを忖度する。

その人事権を官邸が掌握することで飼いならすことができる。
自発的に隷属するものの存在が権力者を権力者たらんとする。

何も隷属者は高級官僚だけでは無く、経済界やマスコミも権力支配の秩序の中で生き続け私腹を肥やすのである。

残念ながら、この国は そのような相互秩序の上に成り立っているようだ。
この国の民もまたそれがお好きなようである。




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◯ 「時は今なり」




命は大事。
「死なないために生きる 」のかそれとも「生きるために生きるのか」

命はいつかは尽きる。
そのいつかは誰にも分からない。
明日かもしれない。

自粛することだけが解決なのか?
こんな世の中はつまらない。

自分自身を信じて自分らしく生きていこう。
「時は今なり」、やりたいことがあればやろう。

明日のことは誰も分からない。
今生きていることに最善をつくそう。

何もしないのは愚かなこと。
何かをして死ぬなら本望。



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◯ 受忍義務



「受忍義務 」と言う言葉があることを初めて知った。
広辞苑によると、「迷惑を受けても我慢すること」とある。

そうか、国家が自業自得で大変な時は、国民はあらぬ迷惑や被害を受けても我慢しなければならないのだという。

都合のいい話であるが、それがこの世の現実となって、弱者や小市民はどれだけの被害や苦渋をなめようが我慢して耐えていかなければならない。

いったいこの国は何のだろうか?
本当に素晴らしい、良い国と胸を張って誇りに出来るのだろうか?

戦争で被害に遭った市民たちは何の保証も無く生きていかなければならない。
「死に損だったのか」

理不尽極まりないことだ。


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◯ 積極的平和主義


「積極的平和主義」って何ですか?
積極的に平和を築き上げる主義のこと!?

何か良く分からないが想像してみると、
平和のためには手段を選ばない。
自国の平和のためには戦争も辞さない。

何やらアメリカさんが言っていることと同じように聞こえる、というかやはり属国なのだから仕方がないのか、それともそれが本音なのかもしれない。

自国の自由を守るために、正義を貫くために、平和を維持するために戦争をすることはいとわない。

これまで過去に行われてきたこと。
今もなおその考えが続いているのかと思うと嫌になる。

大義名分さえあれば平和のための戦争は起こる。
しかもマッチポンプで・・・。
恐ろしいことを平気で言ってしまう。

残念だが、歴史に学ばない国、政治、そして国民。
教訓は何のためにあるのか?
 


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◯ 平和な国・日本


戦争のことをライフワークテーマにして活動をしていると今の時代は本当に平和で幸せな社会であるのだと思います。

とくに太平洋戦争激戦の戦場での出来事を思い知るとさらにその思いは強く なる。南方戦線では食料の補給が滞り、栄養状態が悪くなり、栄養失調、伝染病・風土病が追い打ちをかける。

灼熱の暑さ、朝晩の冷え込み、スコールで濡れた身体は体温を奪われる。
敵機の空襲・攻撃が絶え間なく続きもはや戦闘どころではない。

兵士たちはそれでも行軍を命令され戦闘を余儀なくされた。
行き倒れる兵士、餓死する兵士、病死する兵士、自決する兵士まで現れた。

過酷な戦場、生きるために食料を探す。口に出来るものは何でも食べる。
悲惨な戦場は修羅場と化す。

「死んでも還れない戦場」だった。
戦場で眠る兵士はまだ100万人を超えるという。

戦後75年が経ってもなお日本に帰還できない兵士たち。
彼らのことを思い、慰霊の気持ちを捧げたい。

戦争を知らない世代にも多くのことを語り継がなければならない。
だが、その道のりは遠くなり見えなくなってしまう。

戦争があったことさえも忘れてしまえる日本
政治もマスコミもそして国民も。
「平和の国、日本に幸あれ」

残念なことだが・・・。
私はそんな人間でいたくないと思う。



 


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◯ コロナ渦の中の幸せ


何か悪い夢でも見ているのか?
狐につままれたような不思議な感覚に陥っている。

この先の予定や計画が、夢の泡となって消えていききつつある。
いったいコロナ渦とはなんぞや?
なんか変ではないか。

今のところ感染しないでかろうじて生きながらえている。
感染したらと思うと、遺言の一つでも書いておこうかと・・・。

良く頑張って自分らしく生きた。
楽しく好きなことをやってきたことが一番の満足。
妻への感謝、いまでもそれだけは忘れない。
それだけで本望。

「俺の人生、こんなもん」
このように考えられるだけで、私は幸せだと思える。
こんな私ですが、ご支援をよろしくお願いします。

残念ながら戦後75年は、コロナ渦で人々の意識の中から吹っ飛んでしまったように感じる。

どのような状況になろうとも決して忘れてはならない過去の歴史、戦争の事実がある。

私だけは何としても戦争の記憶を語り継いでいこう。
自身の活動を続けていこう。


 


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◯ 「なし崩し」「泥沼化」の後にくるもの


「なし崩し」「泥沼化」が蔓延化したあとにくるものは、諦め感の中でやってくる自助努力と自然淘汰。

余力のある人や才能のある人は、自助努力で何とか生き抜いていこうと模索しながら生き延びていく。

残念ながら多くの人たちはギリギリの生活を余儀なくされるか、もしくは、
知らず知らずの間に自然淘汰されていってしまうのではないか。

行く末は、天国か、それとも地獄か、はたまた・・・。



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◯ 「なし崩し」の後の「泥沼化」


日本の政治のお家芸。
「なし崩し」後の「泥沼化」
行くも戻るも地獄、
もはや意見や批判すらことすら虚しくなる。

パフォーマンス型政治家の十八番「伝家の宝刀」を抜いた形。
こうなれば何人犠牲になろうとも、崩壊が起きようが、国家の財政が
尽きようが、関係ない。

「ケセラセラ」「レットイットビー」「なるようにしかならない」
政治という言葉も空虚な物に、あとは風まかせ、成り行き任せ。

行き着く先は弱者が死に、生き残るのはずる賢いエリートのみ。
敵だった思われるそれぞれのエリートも最後は助け合いながら
身の安全に全力を注ぐだけ、しかも何もなかったかのように

所詮、エリートを律することができるのは、善意あるエリートのみなのか?
善意あるエリートも、最後には当てにならないからお先真っ暗。

残念だが、何も期待しないし出来ない。
自主自立、ただそれだけ。
自身だけは信じる道を歩むだけ。



 


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◯ コロナ渦の影響


多くの方が仕事の制限を受けてたいへんな状況に陥っているようです。
とくに自営業やフリーランス・小企業の人たちは、日銭仕事や自転車操業で影響をもろに受けています。

私も写真教室が休講になりました。
他にも戦跡ツアーの講師の仕事や講演などにも影響が出ています。
予定していた海外取材もキャンセルに。

夏に予定している戦後75年企画の写真展やイベントなどもいまのところ難しい局面になって予断を許さない状況です。

秋に予定されている高校の講演会も状況次第ではキャンセルになってしまうでしょう。

モチベーションだけは何とか保とうとは思っていますが、敵は新型コロナウイルスだけではなく、もっと大きなものがあります。

そちらの方が深刻かもしれません。
平時の際には分からない、見えないものが有事の際には顕著に見えてきます。

いまが、本当の意味で考える時、学びの時です。
政治のこと、国家のこと、国民のこと、生命のこと

生きぬきましょう。
考えましょう。
学びましょう。
 


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◯ 勝てば官軍国家とエリート


自粛生活でいろいろと考える時間ができている。

近現代史を学び、ライフワークテーマ「日本の戦争」を基礎に、
日本とは、国家とは、日本人とは、政治とは、人権とは、教育とは、
経済とは、生命とはなどこれまでに自分なりの解釈で考えてきた。
その延長線で今回のコロナ渦を考えてみる。

「勝てば官軍、負ければ賊軍」国家の成れの果てを見ているように思える。


「エリートのエリートによるエリートのための政治」中央集権国家体制

「国民」の生命は守るが、一人ひとりの命は守らない。
十八番は「なし崩し」政策と無責任
危機管理という概念は果たしてあるのだろうか?

政治パフォーマンスと危機管理、かたや大きなお金を生むが、
もう一方は大きなお金を出してしまう。
権力者や選ばれしエリートは果たしてどちらを選ぶだろうか?

平時においては「生かさず殺さず」、有事においては「弱者切り捨て」
国家エリートはプライドやシナリオ、そして自身の正義を押し通す。

戦後民主主義、法治国家においては
国民の選挙によって選ばれた代議士よってすべてが始まる。

政治がどれだけ大事かをこの機会に実感しよう。
選挙がどれだけ大切かをこの機会に認識しよう。

「民主主義」「法治国家」は、客観的にみると良い制度かもしれないが、
よく考えてみると、運用次第、解釈次第でこれほど危ういものはない。

日本の過去の歴史がそのことを物語り、教訓として学ばなければならない。

残念なことだが、「この国民にしてこの国家あり」、文句は言えても
「天に唾を吐く」ことになってしまう。

コロナ渦、生活苦、政治不信の三重苦にさらされる。
もはや解決の道は、「自主自立」しかないように思う。

ワクチンや特効薬の研究開発者、治療にあたる医療従事者、関係者に
コロナ渦の沈静化に向かうように祈り願うしかない。
苦しくても何らかなの方策でこの危機を乗り越えるしかない。
知恵を絞って耐えるしかない。

自分の身は自分で守る、自分の一生は自分で決める。
政治に翻弄されないためにも個人が危機管理をもって
一人ひとりが考えるしか解決の糸口はない。

コロナウイルス感染も、生活苦も怖いが、
もっと怖いのはいまの政治。

明治以降、脈々と続く「勝てば官軍、負ければ賊軍」国家の
行く末は・・・。


残念なことだが・・・。


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◯コロナ有事に思う

平時だと思える時には感じないことも有事の時にはさまざまなことを感じないわけにはいかない。

とくに政治に関しては、現実的な問題が人々の生命や生活、その後の人生にまで深く関与してくるもので放っておけない。

しかしながら私たちは現実の流れの中で「国民」としてそれに従い生きていかなければならない。

文句や批判が意見が大事なことは分かってはいるが、「天に唾をすることになる」ことがわかっているため歯がゆい思いをする。

ひとりの力では弱いので、ならば団結して組織を作ってというのは私には馴染まない。

だから余計に疲れる。
解決法は死ぬまでない、と思ってしまう。


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◯戦後75年に想う

2020年は戦後75年の節目の年にあたる。
「日本の戦争」をライフワークテーマに取材・発表などの活動を行ってきた。
その25年を振り返ってみると、「昭和」の戦争を「平成」の時代に戦跡という被写体を通して見てきたということがわかる。
いまはその「平成」も終わり、「令和」の時代。
これから何を見つめ何を考えていけば良いのだろうか?
私が思った最初のことは元号が何に変わろうとも戦争で犠牲になった方への慰霊の思いと、戦争の記憶を風化させてはいけない、戦争を忘れ去ってはいけないという思いである。

2020年の記念として「太平洋戦争激戦地慰霊景」をテーマとした企画を開催する予定。
私が出来る範囲で毎年何かを発信していかなければと考えての行動。
この夏、皆さんとなんらかの形でお目にかかったり、触れあうことが出来ればと思っております。


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◯沖縄慰霊の日

6月23日は沖縄慰霊の日です。沖縄戦でなくなった人たちを慰霊し、沖縄戦のことを、戦争のことを改めて考える日でもあります。戦後71年、目に見えて戦争の記憶が人々の意識から抜け落ちて忘れ去られようとしています。私は戦争で亡くなった人たちの「声なき声」に耳を傾けて戦争のことを、命のことを、人権のことを考えていく必要があると思います。
今のこの世の中をみて、戦争で亡くなった人たちはどのように思うのでしょうか!戦争に負けたことによって得られた平和、人権、自由。皮肉でもありそれが日本の姿なのかもしれません。
「勝たないまでも負けなかったら」などと思うと日本の戦後は一体どのようになっていたのだろうか!考えるだけで恐ろしくなります。
昨年末から年始にかけて取材のために沖縄に行って来ました。行くたびにいろいろなことを考えさせられます。その一つに「戦争はまだ終わっていない」ということです。インドネシアの未帰還日本兵の遺骨収容に携わっている時もこのことをよく感じます。
今日は沖縄のことを考える日でもあります。

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沖縄県平和祈念資料館

◯72歳男性からのお手紙

岩波書店から読者からの手紙が転送されてきました。
岩波ジュニア新書「歩いて見た太平洋戦争の島々」を読んでいただいた72歳男性からの読後感想が綴られた手紙でした。

父親をビアク島で亡くした遺族の方で、手紙には「簡潔に書かれている本に感銘を受けた」と記されていました。時々読者からの手紙はいただきますが、このような手紙はとても嬉しいことです。

とくに今年は昨年の違い、どこからも出版の話や写真展の開催、講演依頼など全くない状態だったから余計にこのような手紙がありがたく思います。

それにしても6月に入ったというのに、夏場に向けて何ら依頼の連絡がありません。
学校や地方自治体への働きかけはやっていますが、戦後71年の厳しくも悲しい現実なのでしょう。

私自身は何ら変わりもなく活動を続けていますが、社会や世間ではもはや忘れられていることなのか、それともタイムリーではないのかとても残念なことです。

戦後75年の節目の年は、2020年の東京オリンピック開催、当然のように日本はオリンピック一色、ましてや7月〜8月開催であることを考えると戦争を振り返る節目の年にはなり得ません。それにもはや戦後ではなくなる雰囲気がさらに増長されることでしょう。

これを機会にいっきに戦争の記憶が風化していくかもしれません。私がどんなに頑張っても活動の場もなくなりそれこそ必要とされない状況がくることでしょう。なにかそう考えると虚しく、悲しく、切なくなっていきます。

恐ろしいのは戦争ではなく人間、簡単に忘れてしまうのも人間、「この国民にしてこの国家あり」所詮この国はこれだけのものかもしれません。残念なことですが・・・・。

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◯5月11日、良司さんの命日

5月11日は、71年前に特攻隊として沖縄に出撃して亡くなった上原良司さんの命日です。特攻隊の中でも私がとくに注目し関心を持ったのが良司さんです。
人間味あふれる人、生きざま、死にざまに共感をもてる人。
良司さんのことを知れば知るほど、なにか自分に近い人のような気がしてくるのです。
もちろん私自身は良司さんのような立派で素晴らしい人間ではありませんが、なにかしらその魅力に強くひかれてしまいます。合掌。

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◯戦後70年・戦後71年

わかっていたことだが、直面するとそのギャップに驚かされる。私自身は何ら変わらないが、私を取り巻く社会や環境が大きく変わっている。時が過ぎ、時代が変わろうとも変わってはいけないことがあるという思いがこの社会とは大きくずれているのか?

社会や時代に流されていた方が楽なのかもしれない。「ちょっと待てよ、自分だけは・・・」と思うと相当なエネルギーが必要となる。器用に振る舞った方が生きていきやすいのかもしれない。でもそのようなことは微塵も考えない。だからこそこれまで20数年間におよびライフワークをやり続けられている。

戦争があった事実を若い世代に知らせること、語り継ぐことがなぜこんなにもむずかしいのか!幸い戦後70年は、写真集、写真展、講演会、各イベントなどを通して、若い世代に少なからず戦争の一端を伝えられたと思う。

戦後71年、今年は若者たちへ何を伝えられるだろうか?

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◯ホームページをリニューアル!

長年、あまり更新をしなかった安島 太佳由ホームページのデザインをリニューアルしました。内容も多少変えていますのでご覧ください。
桜咲き、桜散る4月、心機一転、戦後71年の活動を新たにスタートさせたいと思います。

戦後70年が終わり、少しホッとしたのか、力が抜けた感じがします。
私の身辺も大きく様変わりしてしまいました。
私自身の体力も気力も相当落ちてきてしまっています。
しかしながら私にはまだやらなければならないことがあります。
そのことだけは理解していますので、余力を振り絞って頑張らなければなりません。

すでに私の人生も満開が過ぎて散り始めていく桜のようであり、写真のような見事な散りぎわを見せたいと思います。「散ってなお、美しくあれ」「好き勝手に生きた人生に悔いはなし」

まだまだ頑張りますのでご支援、ご協力をよろしくお願いいたします。

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