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日本の戦争遺跡

陸海軍の軍事施設やその関連施設は、日本が近代化した明治以降、太平洋戦争終戦に至るまでの長きにわたり、全国47都道府県にさまざまな役割を持って造られました。とくに今残っている戦跡は、太平洋戦争期に造られたものが多いようです。

戦跡といっても政府や陸海軍関係の建物から要塞や飛行場、軍港、掩体壕、トーチカ、地下壕、防空壕、兵器工場、特攻基地、そして戦闘地や戦場、原爆や空襲避害の建物など多岐にわたります。これらの戦跡を貴重な戦争遺産として大事に保存して後世に伝えていくことも大切なことだと考えます。

特攻隊

日本の戦争を知る上で特攻隊の存在は、日本特有のものとして考えられます。太平洋戦争末期に行われた特攻作戦によって多くの若い兵士たちが、それぞれの想いを胸に抱いて出撃し戦死しました。戦跡を訪ね歩く旅の中でも特攻基地や特攻隊のことに興味を持ちました。

陸軍特攻の前線基地だった鹿児島県の知覧、海軍の海中特攻人間魚雷「回天」の発射訓練基地があった山口県の大津島などは特攻隊のことをいろいろと考えさせられるところです。特攻隊員が残した遺書・遺品・遺影を見るにつけ複雑な気持ちになります。

太平洋戦争激戦の島々

太平洋の広い範囲にわたって日米の激戦が繰り広げられた島々の戦闘は、飛行場を奪い合う戦闘だったと言っても過言ではありません。それは戦争の主力兵器が飛行機になっていたからです。制空権をとり優位に戦争を進めることが優先課題でした。

「餓島」と呼ばれたガダルカナル戦は、まさに米軍に奪われた飛行場の奪還作戦だったのです。それ以降の各島々での戦闘も日本軍の建設した飛行場を米軍に奪われ撤退・玉砕が続いていきました。戦闘地には今も数多くの未帰還兵士の遺骨が眠っています。